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財団法人大阪国際平和センター

沿革

1981年 (昭和56年) 8月 大阪府平和祈念戦争資料室開設
設置場所 大阪市中央区谷町7丁目4-13 大阪府社会福祉会館3F
1985年 (昭和60年) 7月 「世界平和を考える大阪会議」設置
1987年 (昭和62年) 11月 大阪府が、「大阪平和ビジョン」策定
1988年 (昭和63年) 6月 大阪府・大阪市が、「基本計画」を策定
1989年 (平成元年) 7月 財団法人大阪国際平和センター設立
基本財産2億円、大阪府・大阪市が1億円ずつ出捐
1990年 (平成2年) 11月 愛称を「ピースおおさか」に決定
1991年 (平成3年) 9月 ピースおおさか(大阪国際平和センター)開館

設置理念

第二次世界大戦において、大阪では50回をこえる空襲により、市街地の主要部が廃墟と化しました。こうした被害は大阪にとどまりません。世界最初の核の被爆都市・広島、長崎、「本土決戦」の犠牲となった沖縄をはじめとして、数多くの日本国民が尊い生命を失い、傷つき、病に倒れました。同時に、1945年8月15日に至る15年戦争において、戦場となった中国をはじめアジア・太平洋地域の人々、また植民地下の朝鮮・台湾の人々にも多大の危害を与えたことを、私たちは忘れません。

人類共通の願いである恒久平和は、戦争の惨禍を知る世界中のあらゆる地域の人々が、それぞれの体験を伝え合い、語り続けることによって達成されます。そして、国内外の各都市・各地域で広がりつつある戦争関係資料の収集、戦争体験の継承への取り組みも、次第に高まっています。当センターも、大阪における戦争被害者にたいする追悼の場であるとともに、平和にむけての新たな地域的な取り組みを意図したものです。

今日の世界は、なお多くの戦争の危機をはらんでいます。それらが局地的紛争から世界的規模での戦争に拡大する危険性は決して少なくありません。
軍事技術の発達と人類を絶滅させるに十分な核軍備の存在は、それらが使用された場合には、かつての世界戦争の惨禍を越える被害をもたらします。戦争の惨害から将来の世代を護るために、人々が善き隣人として互いに平和に生活するために、私たちは力を合わせなければなりません。

平和と安全への侵害は、現在もさまざまな形をとりながら世界の各地で続いています。人権抑圧や環境破壊、貧困や飢餓などもまた、人類共同体の安全にとっての大きな脅威です。それだけに、平和と安全に向けての私たちの取り組みの範囲も、ますます広がりつつあります。そうした状況を把握し、大阪府民・市民と国内外の人々との間の相互交流を深めることを通じて、大阪が世界の平和と繁栄に積極的に貢献するために、ここに大阪国際平和センターを設置するものであります。

1991(平成3)年9月17日
財団法人 大阪国際平和センター

寄付行為・役員名簿

館報ダウンロード

ピースおおさかの事業活動を館報にまとめ、府民・市民のみなさまに報告しています。

No.40 2009(平成21)年5月20日発行PDF(677KB)
No.39 2008(平成20)年9月1日発行PDF(6.47MB)
No.38 2007(平成19)年9月30日発行PDF(6.47MB)
No.37 2007(平成19)年4月10日発行PDF(6.47MB)
No.36 2006(平成18)年9月30日発行PDF(8.29MB)
No.35 2006(平成18)年3月31日発行PDF(10.3MB)
No.34 2005(平成17)年9月31日発行PDF(8.42MB)