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ピースダイアリー

PEACE DIARY

2025年08月のダイアリー

「ピースおおさか戦争証言2024」 YouTube公開について

2025年08月17日

2025(令和7)年8月15日、「ピースおおさか戦争証言2024」より、大阪大空襲に関する3人の証言をピースおおさかの公式YouTubeチャンネルで公開しました。
これらの映像は、大阪府が2009(平成21)年度に「平和情報収集・発信事業」として制作した証言映像DVD・ビデオ「大阪大空襲」のマスターデータをもとに、令和6年度文化庁Innovate MUSEUM事業の一環として制作しました。
3月には毎週土曜日の映画上映会「ウィークエンド・シネマ」での上映を行い、また6月からはDVDの団体向け貸出を開始しています。

 

証言映像一覧(タイトルをクリックするとYoutubeへ移動します)

【戦争証言】「家族を失った大阪空襲」(証言者:伊賀孝子さん)
伊賀孝子さんは、1931(昭和6)年生まれ。「大阪戦災傷害者・遺族の会」の会長を長年務め、ピースおおさかにある「刻の庭」にも深い関わりがある。空襲の日、伊賀さんは弟と防空壕の中で寝ていた。

【戦争証言】「軍国少女が見た戦争」(証言者:久保三也子さん)
久保三也子さんは、1929(昭和4)年生まれ。「大阪大空襲の体験を語る会」の代表を長年務めた。枚方市にあった東京第二陸軍造兵廠香里製造所などの工場で働いていた。

【戦争証言】「女学生が経験した堺空襲」(証言者:今村早智子さん)
今村早智子さんは、1931(昭和6)年生まれ。空襲の中、今村さんは家族とともに、堺の街をにげまどった。

 

大阪には50回を超える空襲があったといわれており、うちB29爆撃機 100機以上による大規模な空襲は8回、
これらを「大空襲」とよんでいます。
 

証言者の伊賀さん、久保さん、今村さんは当時10代の学生でした。
映像の中で、自身の体験はもちろん、空襲の中で見た家族や周囲の人の様子、街の状況を詳細に語っています。
また、学徒動員のため軍需工場で働いていたことや、空襲後の生活の変化についてもお話されています。

 

戦後80年が経ちました。
戦争体験者は年々減少しており、直接話を聞くことも難しくなっています。
現在も戦争はなくなっていません。今一度「平和」について考えてみませんか。
ぜひこの機会ご覧ください。

 

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